萩原 遼

東京都港区生まれ。言語と数的概念の発達がべらぼうに早く早熟の天才と評されるも、実際に早熟なだけだったらしくその後知能が伸びることはないまま空気の読めない少年に育つ。

大学進学と同時に三味線を始め、後輩であるピエール小野と虎見康登をそそのかして路上演奏を開始。ユニット名は「吉田只弟」「吉田兄第」「吉田&兄弟」などの秀逸なアイディアの中から「セ三味ストリート」に決定、当初から方向性を大いに逸脱しコメディ大道芸路線を突き進んでさらに道を誤る。そのまま東京都公認大道芸人ライセンス「ヘブンアーティスト」第一期オーディションに合格。

以降、笑いが取れて、かつ、フル英語でのMCが可能ということで下手くそながらに重宝され、わけがわからないまま日本のみならず世界各地を巡業する三味線芸人となって完全に道を外れる。その他、ピエール小野のほか、廣原武美・白藤ひかりらと共に津軽三味線五重奏ユニット「我人」(おらんど)で大会に出場したり、「プロジェクト和豪」でバンド活動したり(のちピエール小野に交代)、音頭バンド「カラカラ」をプロデュースしてみたり、東京大学大学院法学政治学研究科に入学したり、PADIのダイビングインストラクターになったりとこの人本当に意味がわからないんですよ。

三味線は故・福士豊秋師、のち柴田雅人師に師事する他、二代目成田雲竹女師に唄を、美鵬直三朗師に民謡太鼓を師事するが大したことはできません。

好きなもの

ダイビング(PADIインストラクター)、沖縄、麻雀、競馬(サイレンススズカ、サニーブライアン、ステイゴールド)、ボクシング(タイソン、パッキャオ)、ダム、首長竜、泡盛、シャンパン、生ビール、マーク・トウェイン、ポール・スミス、表現の自由、岡田あーみん、ゲーム(ウィル・ライト、シド・メイヤー、上田文人、小島秀夫)

主な受賞歴

東京都認定大道芸人ライセンス「ヘブンアーティスト」第一期オーディション合格(2002年)、獅子吼スカイフェスタ大道芸人まつり・準優勝(2002年)、全日本津軽三味線競技大会団体の部・準優勝(2003年)、日テレライセンストライアルスペシャルアーティスト賞(2005年)、全日本津軽三味線競技大会団体の部・また準優勝(2005年)、津軽三味線全国大会団体の部・またまた準優勝(2005年)、日テレグランプリ・特別賞(2005年)、ほか
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